今朝の日経新聞記事「キャッシュレス、実らぬ還元競争」【記事に関する弊社代表解説】

 最近の日経新聞の記事には、リーク内容について裏付け確認をしないまま記事化した記事が多いようだ。
キャッシュレス、実らぬ還元競争

この記事の元の情報は経済産業省のこちらのレポート、
「キャッシュレス決済の中小店舗への更なる普及促進に向けた環境整備検討会」第5回検討会 事務局説明資料

インターチェンジフィには、多国間取引時にブランド会社に支払うマルチラテラル・インターチェンジフィと、国内取引時にイシュアに支払うインターチェンジフィがある。このレポートのP.25が依拠とする『欧州議会および理事会の規則(EU)2015/751』の『CHAPTER II INTERCHANGE FEES』では、「Article 3」でデビットカード、「Article 4」でクレジットカードのインターチェンジフィに言及している。しかしP.25から並ぶ他国事情は、非常に恣意的と言わざるを得ない。分かり易いのが記事にも『主要国のキャッシュレス決済比率は韓国が97%でトップ』と書かれているP.28の韓国事例である。韓国では、法的に小売店に対してキャッシュレス決済の導入を義務化したうえで手数料を規制しているが、前提のキャッシュレス決済導入義務については一切触れずに手数料規制のみを取り上げているのだ。EUのインターチェンジフィについても、デビットカードの方が上位に詳しく書かれているのだが、本日の日経新聞記事はクレジットカードについてのみの記事になっており、すなわち経産省がモノを言えるカード会社に対してのみインターチェンジフィの上限規制を検討する内容となっている。記者は、デビットカードやプリペイドカードはどうなのだろうと金融庁に取材しなかったのだろうか。
なお海外の報道を確認すれば、EUを離脱した英国のインターチェンジフィは、0.3%から1.5%に上がるとの記事もある。
Mastercard and Visa Announce Plans to Increase Fees on Britain to EU Cross-Border Payments

この報道のインターチェンジフィはマルチラテラル・インターチェンジフィのことである。EUのマルチラテラル・インターチェンジフィでは、EUは1つの地域だから国をまたぐフィは取るなと言いたいところ、ゼロではなく上限規制すると譲歩しているといえる。
そもそも日本では、クレジットカードが上陸した1960年に旧銀行法の兼業禁止規定によって、海外のように銀行がクレジットカードを発行できず、銀行とは別にカード会社が設立された。 つまり他国では、同一銀行内の利用者の口座から加盟店の口座に買い物代金を移すだけで決済が完了したのに対して、日本ではカード会社が利用者の口座のある銀行に口座振替手数料を支払って買い物代金を引き落とし、加盟店口座のある銀行に振込手数料を支払って買い物代金を振り込むという、何とも無駄なコストのかかるビジネスになってしまったのである。さらに他国ではクレジットカードの支払方法はリボ払いが一般的であるのに対して、日本では当時の割賦販売法により信販会社しか分割払いが出来ず、利用者から手数料を取らない一括後払いが主流となり、加盟店手数料に依存するビジネスモデルとなったのだ。
現在の法律では、銀行はクレジットカードを発行できるし、クレジットカードでリボ払いができることはいうまでもないが、こういった背景や事情の違いも踏まえる必要があろう。さらに加盟店手数料においては、例えば長年アジア経済の中心であったシンガポールの旅行業では1.8%程度が相場だが日本は1%程度といったように、日本の加盟店手数料の方が安いこともある。さらに他国では、リスクなどの事情に応じて加盟店手数料が値上げされることもあるのだ。
Merchants Gain Another One Year Reprieve On Interchange Fee Hikes From Mastercard and Visa
このような他国と大きく異なる法令や、過払い金返還請求のような後出しジャンケンを経て、現在は年間約280億円の不正利用が発生しても消費者自身がカードや情報の盗難に気付く前に不正を検知し、消費者が安心してキャッシュレス決済を利用できる状況をカード業界は実現しているといえる。

インターチェンジフィ全体は主にイシュアに払われ、イシュアはこのフィを収入源として極めて発生率の低い不正利用(JCA統計の不正利用額÷クレジットカード売上高=約0.034%)対策をはじめ安全安心の確保にコストをかけている実態に鑑みると、安全安心なキャッシュレス社会の実現に水を差すことになりかねない誤った情報が記事化されたといえ残念でならない。

 さらに、同記事に「公正取引委員会は20年4月、NTTデータの決済システム「CAFIS(キャフィス)」について「市場メカニズムが働きにくい傾向がある」と問題視した」とあり、まるでクレジットカードのネットワーク手数料のことを指摘したような記事になっているが、これはクレジットカードに関する指摘ではなく、銀行間ネットワークに関する指摘であり、報告書は『家計簿サービス等に関する実態調査報告書(令和2年4月)』である。(クレジットカードに関する公取の報告書は、2019年3月の『クレジットカードに関する取引実態調査報告書』であるが、ここにはネットワーク手数料に関する指摘はなく、インターチェンジフィについても「国際ブランドが単独でインターチェンジフィーの標準料率を定める行為自体が,直ちに独占禁止法上問題となるものではない。」と明記されている。
 今回の記事は1つ1つの情報の信憑性を確認すれば容易に誤りが分かるものであり、あまりに杜撰と言わざるを得ない。日本最大の経済紙の記者さん達には、表面的な情報を寄せ集めて記事にするのではなく、掘り下げ調査や裏付け取材を愚直に行って正しい情報を発信していただきたいと切に願う。